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コラム

2010.03.11
ビアトリクスとムーア家の子どもたち

 裕福な家庭に育ったビアトリクスは、学校には通わず、幼い頃から家庭教師に勉強を教わりました。17歳を目前にした彼女のもとに、アニー・カーターという新しい家庭教師がやってきました。彼女はドイツ語、ラテン語、そして油彩画や人物素描などを教えましたが、二年後、結婚のために、家庭教師をやめることになります。1885年7月10日のビアトリクスの日記には「わたしの教育は7月9日をもって終わりました。全体的に言って、最後の家庭教師が一番好きでした。ミス・カーターはいろいろと欠点もあり、もっとも若かったけれども、とてもやさしく知的な人でした」と書かれています。

 幼少から始まった家庭教師からの教育が終わり、きゅうくつな勉強の時間から解放されたビアトリクス。好きな絵を描くことに、多くの時間を費やすことができるようになります。自宅から徒歩で行けるサウス・ケンジントン博物館(今のヴィクトリア・アンド・アルバート博物館)などに、ひとりでスケッチブックを持って、外出するビアトリクスはどんな気持であったでしょう。喜々として歩く姿が想像できます。

 さて、アニー・カーターは土木技師のエドウィン・ムーアと結婚し、ロンドンのベイズウォーターに新居をかまえます。そして、1887年のクリスマス・イブ、長男ノエルが誕生するとすぐに、ウォンズワース・コモンが見渡せるバスカヴィル・ロードの家に引っ越します。

 その後、ノエル君に続き、エリック、マージョリーといった次男、次女たちが誕生します。次々に家族の増えてゆくムーア家の子どもたちをビアトリクスは、自分の息子や娘のように可愛がりました。その子どもたちにプレゼントした絵手紙のいくつかは『ピーターラビットのおはなし™』を始めとして、その後のビアトリクスの絵本の原型となります。

 子どもたちを喜ばすために、ペットの小動物を持参して、しばしばバスカヴィル・ロードにあるムーア家を訪問したビアトリクス。当時の家並みとは、まったく変わっているのでしょうが、無性にそこを訪れたい衝動にかられ、出かけてきました。地理的に見て、ビアトリクスはムーア家の子どもたちと連れ立って、すぐ隣にある公園、ウォンズワース・コモンに散歩に行ったことは間違いありません。喜々として散策する皆の笑顔が、目の前に浮かんできました。(2月3日記す)

バスカヴィル・ロード   ウォンズワース・コモン
バスカヴィル・ロード   ウォンズワース・コモン

河野芳英(大東文化大学・文学部・英米文学科教授)
大東文化大学:ビアトリクス・ポター資料館


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