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HOME > ファン広場 > コラム一覧 >ビアトリクスを囲む人たち 牧羊夫頭:トム・ストーリー

コラム

2010.06.24
ビアトリクスを囲む人たち
牧羊夫頭:トム・ストーリー

 作品で得た収入をつぎこんで自然の保全や農場経営に後半生をかけたビアトリクス・ポター。農場の経営だけでなく、自ら農婦となって家畜の世話もしていました。

 農場経営をスタートした当初、ポターを助け、指導してくれたのは、ヒルトップ農場を買い取った際に農場を借りていたキャノン一家。作品の挿絵にも登場しています。

 そして、晩年の18年間、頼りになる存在としてビアトリクスの傍らにいたのが牧羊夫頭のトム・ストーリーでした。

 ビアトリクスは1823年、トラウトベック渓谷にある、約2000エーカー(約810ヘクタール)という広大なトラウトベック・パーク農場を買い取ります。開発業者が買い取って一部を別荘地にしようとしていたことを聞きつけ、落札したのです。また、ビアトリクスは、これを機にハードウィック種の羊を増やしたいと考えていたのでした。

 その3年後、牧羊夫頭として雇い入れたのがトム・ストーリーです。この時、ビアトリクスは60歳、トム・ストーリーは29歳という若さでした。トム・ストーリーや春だけ訪れる牧羊夫ジョゼフ・モスクロップ、そして科学的な視点や知識、好奇心を持つビアトリクスらの努力が実り、翌1927年の春には1,000頭という子羊が生まれたのでした。

 同年、ビアトリクスはトム・ストーリーをヒルトップ農場に移動します。着任するまでは、引退した前任者が得意だったギャロウェイ種の牛を中心に育てていたのですが、ビアトリクスはこれを機にヒルトップ農場でもハードウィック種の交配などに力を入れようと考えていました。一方、トム・ストーリーは、ヒルトップ農場の土がハードウィック種には合わないと見たのですが、ビアトリクスのハードウィック種へ愛着を知っていたため、異を唱えることなく従ったのです。

 羊の品評会に出品してみると、2頭が優勝.この時には、トム・ストーリー曰く「奧さまはしっぽが二つある犬のように喜んだ」そうです。そして、1930〜38年にかけては品評会においてハードウィック種で数々の賞を受ける名コンビとなったのです。

 二人はお互いに対して信頼と敬意を持っていました。ビアトリクスはトム・ストーリーの指示に従って作業。トム・ストーリーも、使用人とはいってもまだ男性優位の社会にあって、女主人にも偏見なく勤める人だったのです。ただ、ハードウィック種だけを育てることで出費がかさんでいることを心配し、たびたび牛も飼うことを進言したのですが、「心配しないで、これは趣味だから」と方針を変えなかったそうです。

 ビアトリクスは、自分の死期を悟った時、トム・ストーリーを枕元に呼びました。夕方、仕事帰りに寄った彼に「自分が死んでも夫のためにヒルトップ農場に残って羊の世話をしてほしい」と伝えます。それで安心したのか、ビアトリクスはその夜遅く、ヒーリスに看取られて息を引き取りました。

 トム・ストーリーは「ヒルトップの丘に遺灰をき、その場所を口外しない」ことを頼まれてもいたので、ヒーリスと共にビアトリクスが望んでいた場所に遺灰をまき、一切、そのことを語りませんでした。ただし、亡くなる直前に息子のジェフにだけ場所を告げます。ところが、そのジェフが数年後に急死。その場所は永久に秘密となってしまいました。ビアトリクスは真に安らかに眠っていることでしょう。

 トム・ストーリーは、みごとに農婦然としていたビアトリクスのことをずっと誇りに思っていたそうです。

ヒルトップ農場
ヒルトップ農場。この丘陵地のどこかにビアトリクスが眠っている。

伝農浩子
(フリーランス・ライター&エディター。著書:『ピーターラビットと歩くイギリス湖水地方』(JTBパブリッシング)、『ミス・ポターの夢をあきらめない人生』(徳間書店))
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