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年表
| 1866 (0歳) | 7/28ロンドン市内に生まれる。 |
|---|---|
| 1871 (5歳) | 夏の休暇で、スコットランドのダルガイス荘におもむく。1881年の夏まで毎年訪れることとなる。 |
| 1872 (6歳) | 弟(バートラム)が生まれる。 |
| 1878 (12歳) | ![]() ビアトリクスの家庭教師ミス・ハモンドについて、弟も一緒に勉強する。動物や植物の観察・スケッチに熱中する |
| 1881 (15歳) | 独自の暗号で日記をつけ始める。 |
| 1882 (16歳) | ダルガイズス荘が借りられなくなったため、ウィンダミア湖岸のレイ・カースル邸を借りる。後にナショナル・トラストを創設するローンズリー氏と親交を結ぶ。 |
| 1883 (17歳) | 弟が寄宿舎に入る。新しい家庭教師、ミス・アニーカーターが来る。親友となる。10月祖父(エドモント・ポター)死す。 |
| 1890 (24歳) | ヒルデスハイマー&フォークナー社に送ったカードの絵が採用され、6ポンドの小切手を受け取る。次いで、フレデリック・ウェザリーの詩に挿絵の依頼を受ける。 |
| 1891 (25歳) | フレデリック&フォーン社にスケッチをもちこむが、出版を断られる。 |
| 1892 (26歳) | 11年ぶりの夏の休暇でスコットランドを訪れ、郵便局員のチャールズ・マッキントッシュと知り合いきのこの研究にとりつかれる。ドイツのアーネスト・ニスター社にカエルのイラストのお話を送る。 |
| 1893 (27歳) | 5歳の少年ノエル・ムーアに病気見舞いのピーターラビットの絵手紙を送る。 |
| 1895 (29歳) | ナショナルトラスト創立。父が最初の終身会員となる。 |
| 1896 (30歳) | ビアトリクスの描いたきのこの水彩画に興味を持った叔父にキュー王位植物園へ連れて行かれる。 |
| 1897 (31歳) | 学会に提出するためにきのこの研究論文をまとめるが、女性の出席が認められていなかったため、論文は代読になる。 |
| 1900 (34歳) | ノエルに送った絵手紙を元に絵本を作ることを決意する。 |
| 1901 (35歳) | 12月に私家版『ピーターラビットのおはなし』を出版する。初版は250部、1冊1シリング2ペンスだった。 |
| 1902 (36歳) | 2月にテキストを改良した第2版『ピーターラビット』を出版。 10月には、フレデリック・ウォーン社より『ピーターラビットのおはなし』を出版。 12月には、『グロースターの仕たて屋』を自費出版する。 |
| 1903 (37歳) | フレデリック・ウォーン社より、『グロースターの仕たて屋』、『りすのナトキンのおはなし』が出版。 |
| 1904 (38歳) | フレデリック・ウォーン社より、『ベンジャミン バニーのおはなし』」、『2ひきのわるいねずみのおはなし』」が出版。 |
| 1905 (39歳) | 叔母の遺産と本の印税で湖水地方のソーリー村のヒルトップ農場を購入する。 7月にノーマン・ウォーンから結婚の申し込みがあり二人は婚約するが、8/25、ノーマンが白血病で急死。 9月に『ティギーおばさんのおはなし』」、10月に『パイがふたつあったおはなし』を出版 |
| 1906 (40歳) | 7月に『ジェレミー・フィッシャーどんのおはなし』、続けて『モペットちゃんのおはなし』、『こわいわるいうさぎのおはなし』を出版。 |
| 1907 (41歳) | 『こねこのトムのおはなし』を出版。 |
| 1908 (42歳) | 『あひるのジマイマのおはなし』、『ひげのサムエルのおはなし』を出版。 |
| 1909 (43歳) | カースル農場を購入し、隣村の弁護士ウィリアム・ヒーリスと出会う。 |
| 1910 (44歳) | 『のねずみチュウチュウおくさんのおはなし』を出版。 |
| 1911 (45歳) | 『カルアシ・チミーのおはなし』を出版。 |
| 1912 (46歳) | 『キツネどんのおはなし』出版。 |
| 1913 (47歳) | 『こぶたのピグリン・ブランドのおはなし』出版。 10/14、ウィリアム・ヒーリスと結婚。 |
| 1914 (48歳) | 5月、父永眠。 8月、第一次世界大戦勃発。愛犬ケップ死ぬ。 |
| 1916 (50歳) | 視力が落ちたため、細密な絵は描けなくなる。 |
| 1917 (51歳) | 『アプリイ・ダプリイのわらべうた』出版。 |
| 1918 (52歳) | 『まちねずみジョニーのおはなし』出版。 弟のバートラム、脳卒中で永眠。 |
| 1919 (53歳) | 母をソーリー村にほど近いリンデス・ハウに呼んで、住ませる。 |
| 1921 (55歳) | 『ピーターラビットのおはなし』と『ベンジャミン バニーのおはなし』のフランス語版の絵本が出版される。 アメリカ、ニューヨークの公立図書館児童文学部長アン・キャロル・ムーア来訪。以後、親交を深め、手紙のやりとりが続く。 |
| 1922 (56歳) | 『セシリ・パセリのわらべうた』出版。 |
| 1924 (58歳) | 2000エーカーのトラウトベック・ファームを購入。ハードウィック種の羊の飼育に専心。羊番にトム・ストーリーを雇う。 |
| 1927 (61歳) | フレデリック・ウォーン社の依頼により、ピーターラビットのアルマナック(暦)を手がけるが、出版は翌年まで持ち越された。 |
| 1929 (63歳) | 『妖精のキャラバン』をアメリカで出版。 |
| 1930 (64歳) | 『こぶたのロビンソンのおはなし』出版。 コニストン村の土地を自然保護の目的で購入。全英ハードウィック種牧羊協会の女性で最初の会長となる。 |
| 1932 (66歳) | 『アンねえさん』をアメリカで出版。 12/20、母永眠。 |
| 1939 (73歳) | 第二次世界大戦開始。 いとこのウィリアム・ハイド=パーカーとその家族をヒルトップ屋敷に招き、爆撃を避け、けがの療養をさせるため、1942年まで滞在させる。 戦火を逃れて原画類をすべてソーリー村に引き上げる。 |
| 1943 (77歳) | 7/27、ガールガイドのキャンプで誕生日を祝う。 12/22夕刻、病没。遺言で4300エーカーの土地と14の農場と多数のコテージを、ナショナル・トラストに寄付。 12/25、遺灰はトム・ストーリーの手でジマイマの森にまかれた。 |
| 1944 | 『かべかけ時計』限定版100部アメリカで出版。 |
| 1946 | ナショナル・トラストがヒルトップ農場を一般に公開する。 |



ビアトリクスの家庭教師ミス・ハモンドについて、弟も一緒に勉強する。動物や植物の観察・スケッチに熱中する
11年ぶりの夏の休暇でスコットランドを訪れ、郵便局員のチャールズ・マッキントッシュと知り合いきのこの研究にとりつかれる。ドイツのアーネスト・ニスター社にカエルのイラストのお話を送る。